2021年6月9日水曜日

神秘の塩パワー

塩は、人が生きていく上で“必要不可欠なミネラル”です。岩塩がほとんど取れない日本では、昔から海水を塩田で天日干しにしたり、煮詰めたりして塩を作っていました。いずれも大変な手間と時間がかかる作業であり、とても貴重な品でした。

塩には洗浄力や殺菌作用・防腐作用もあるため、多くの恵をもたらす海から作り出される塩は、日本人にとって単なる食料ではなく“神聖な力”があるとされてきました。

神社では毎日ご神前に、お米と水とともに必ず塩もお供えします。

記紀神話では、黄泉の国から逃げ帰った伊奘諾尊が自らの体に付いた穢れを祓うために海水で禊(みそぎ)を行ったと記されています。神社において、祭礼時のお祓いでも、塩水を榊の葉で振りかけてお清めする塩湯(えんとう)というものが行われます。また、相撲では邪気を祓うために土俵に塩を撒きますね。これは力士が取組中にケガをしたときに塩の効果で消毒するためともいわれています。

☆ご神前にお供えした“お塩”は、皆様へおわけしております。

現代では、塩分過多が成人病の原因であると悪者にされることもある塩ですが、これからの暑い季節は、熱中症を防ぐためにも塩分摂取は大事です。また、食中毒の予防にも塩は活躍します。皆さんも塩を活用して、これからの季節を乗り越えましょう!

*「夏越の大祓」のご案内*

境内にて人形(ひとがた)をお分けしております。人形には、お名前と年齢(数え年)を書いて体をなでて 息を吹きかけ、罪穢れをうつしましょう。

知らず知らずのうちについた半年間の罪穢れを祓い清め、夏を迎える準備を致しましょう。

※人形初穂料:百円  630日の神事で皆さまの人形をお祓いいたします。

2021年5月10日月曜日

思いたったが吉日!

新型コロナウィルス感染症の影響により、神社のお参りの仕方も変わりつつあります。 当社でも、昨年より皆様が安心で安全に参拝できるよう様々な感染対策を講じ、ご参拝の皆様をお迎えしております。令和時代の「新たな生活様式」のなかでの “新しいお参りのかたち”が行われております。
♪いつお参りしようかな♪ 
 皆様は何を基準にお参りの日を決めますか。 大安?戌の日?特にお祝い事を行うのに、日柄を気になさる方は多いですが、実は神道と六曜はあまり関係ございません。 皆様が気になさる六曜は、元々、中国発祥の時刻を用いた吉凶占いのひとつで、鎌倉時代末期から室町時代にかけて、日本へ伝えられたと云われております。現在のような「先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口」として定まったのは明治に入って、西洋の太陽暦が使われ始めてからです。そして、私たちの生活の中で“日の吉凶”として広く取り入れられるようになったのは、実は戦後からです。 

 ♪思い立ったが吉日♪
 ご祈祷で奏上される祝詞の中に「今日を生く日の足る日と選び定めて…」という言葉があります。物事が生き生きとして栄え、 満ち足りた日と選んで…という意味です。 どの日、どの時間にお参りいただいても、皆さまの心に決めたご参拝日が神様とのご縁を結ぶ良き日なのです。 なるべく混雑しない日時を選ぶのも、新しい生活様式の中では重要です。 また、参拝ができない方のための郵送でのご祈祷もうけたまわっております。ソーシャルディスタンスを保ちながら、皆様の安心安全な参拝をお手伝いできれば幸いです。

 1日も早く新型コロナウルイス感染症が終息すると共に、皆様のご健康をお祈り致します。

2021年3月29日月曜日

絵馬に願いをこめて☆

まもなく4月。東京では桜も満開です。
当社では、「安産絵馬」・「福絵馬」・「寳生辨財天絵馬」の3種類の絵馬をお分かちしています。これらは、「飾り絵馬」といって、持ち帰ってお願い事を書き、家にお飾りいただきます。 絵馬は神社の絵馬掛けなどに奉納するのでは?と疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。 昔は絵馬ではなく、生きた馬が神社に奉納されていました。日本では古くから馬が神の乗り物として神聖視され、神馬(しんめ)と呼ばれ、祭祀や祈願の際に奉納し神の降臨を願っていたのです。しかし祭祀の度に生きた馬を奉納するのは容易ではありません。次第に木や土で作った馬型に変わり、これが後に板に馬を描いた「絵馬」として変遷していったとされています。奈良時代には既に絵馬の奉納習俗があり、鎌倉時代以降から様々な図像が描かれ始め、江戸時代になると人々の願いが反映された現在の絵馬の形になります。また、神社でいただいた絵馬を縁起物として持ち帰るという風習もできました。 このコロナ禍にあっても、新しい季節はめぐってきます。皆さん一人ひとりが希望を持ち、この難局を乗り越えていきたいですね。

2021年2月28日日曜日

火の神様から水の神様が!?

 いよいよ明日から「弥生」ですね。

さて、当社の境内には、高尾神社という末社がございます。

高尾神社は雨を司る神様を祀っています。

神話の中で、イザナミはカグツチ(火の神)を産む時にやけどしたことで亡くなってしまいます。妻の死を悲しみ、激怒したイザナギは原因となったカグツチを斬りあやめてしまいます。斬られた際に噴き出したカグツチの身体からは、岩石、水、雨、雷、山などの神々が生まれました。

さて、この時に生まれた雨の神は、古事記ではオカミノカミ(淤加美神)、日本書紀ではタカオカミノカミ(高龗神)と記されています。オカミとは“龍”の古称で龍神とされています。農耕社会である日本においては、祈雨や止雨を司る神は古くから重要視され、奈良の丹生川上神社や京都の貴船神社は水の神として朝廷より特別な奉幣を賜っていたことで知られています。

タカオカミノカミを祀る神社は全国にいくつかあり、当社の高尾神社もそのひとつと云われております。

高尾神社へご参拝
3月4日には、高尾神社の御祭がございます。(職員のみの参列で行います)

水天宮へお参りの際には、ぜひ高尾神社にもお参りし、近年のゲリラ豪雨や雨不足などの異常気象が収まるよう、一緒にお祈りいたしましょう。

2021年1月31日日曜日

今年は2月2日が節分の日!!

新型コロナウィルス感染拡大の中、昨年10月に公開された映画では、人を喰らう鬼たちと戦う若者たち、そして家族愛が描かれ、大ヒットしていますね。

「鬼」とは、得体の知れぬ人ならざる者、人の世界を侵してくる邪悪なもの。平安時代の大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)や、能楽の題材にあるように嫉妬や憎しみから「鬼」になってしまう人の姿など、「鬼」には時代により様々なイメージがあるようです。

さて、「鬼」といえば節分。令和3年の節分の日は22日です。節分って23日なのでは?そう思われる方も多いのではないでしょうか?

節分は立春の前日のことをいいますが、立春は二十四節気という太陽の動きをもとにした季節の指標の一つです。365日は24で割り切れないことからもわかるように誤差がでるため、日付は固定ではないのです。令和3年の立春は23日と計算予測されていますので、前日の22日が節分となります。節分の日が移動するのは37年ぶり、22日になるのは124年ぶりだそうです。

※写真(左)は、NPO法人カタリバ代表の今村氏

緊急事態宣言下ですので、当社では節分祭恒例の豆まき行事は実施致しませんが、境内にて、義援金いただいた方へ、福豆をおわけしております。義援金は、NPO法人カタリバへ寄付し、子供たちの教育や食事支援にあてさせていただきます。

心身の邪気を祓い、よい一年をお過ごしくださいますよう、お祈り申し上げます

2021年1月5日火曜日

初水天宮

 本日は年が明けて最初のご縁日、「初水天宮」です。

江戸時代、水天宮が江戸の久留米藩上屋敷内にあった頃、殿様のはからいにより毎月5日のみ開門され、江戸の庶民たちにもお参りが許されたそうです。水天宮のご縁日が毎月5日なのは、このことに由来します。現在では、どの日にお越しいただいても、水天宮の大神様へお参りすることができます。

”鈴の緒”を外しております!
昨年の新型コロナウィルス感染症の影響により、神社においても「新しいお参りのかたち」が行われております。鈴の緒を外したり、アルコール除菌を常に行いソーシャルディスタンスを保つなど、以前のお参りのかたちとは一変しております。また、初詣も今年は「分散参拝」にご協力いただいております。ご参拝者様の良き日にお参りいただければと存じます。

水天宮の大神様と皆様とのご神縁が結ばれ、幸多き年になりますようお祈り申し上げます。

2021年1月1日金曜日

令和三年辛丑(かのとうし)の年

 新たな年を迎え、皆様におかれましては、益々ご清祥の御事とお慶び申し上げます。

 本年は辛丑(かのとうし)の年でございます。「辛」は同音の「新」につながり、新しい世代が生まれようとする状態を表すといわれております。そして「丑」には絡む(からむ)という意味があり、芽が種子の中で絡み結ばれる状態を表します。すなわち、意志を固め、地道に突き進むことで新たな発見があり、進展していく年となるでしょう。

さて昨年より、新型コロナウィルス感染が拡大し、私たちの生活様式が一変しております。人との距離を一定に保つこと、マスクの着用、三密の回避など、一人一人が意識を持ち、行動することが必要となっております。当社でも、社殿及び建物内にお入りいただく人数を制限し、ご参拝者様を案内する等、感染症対策を行っております。神社として古き良き伝統を守りつつ、新たな取り組みを講じ、これからもご参拝の皆様が安心且つ安全にお参りできるよう努めて参りたいと存じます。

 また本年は、久留米藩(福岡県久留米市)初代藩主有馬豊氏公が久留米の地へ入城し四百年という節目の年を迎えます。慶長五年(一六〇〇)の関ヶ原合戦で有馬豊氏公は徳川家康公が率いる東軍に属し、勝利をあげます。その後、慶長十九 年(一六一四)の大坂冬の陣、翌年の夏の陣に徳川家側として参加し、戦功をあげ元和七年(一六二一)に筑後一国二十一万石を与えられ、久留米城に入ります。爾来、明治維新にいたる約二百五十年の間、有馬家は幕藩体制のもと、水天宮の大神様の御神徳をいただき、久留米藩を治めておりました。

 私たちは歴史が育んできた知恵とその地の良き文化を知り、未来の子供たちへそして次世代へとつなげていく役割を担っています。今後とも水天宮職員一同、全身全霊を傾注(けいちゅう)して、神明奉仕に励んで参ります。

本年も、ご参拝の皆様方の益々のご多幸とご健勝をお祈り申し上げ、新年の御挨拶とさせて頂きます。

令和三年一月一日

                              有馬頼央